朝のうちはひんやりしている空気が、
いいお日和に照らされるとあっと言う間に汗ばむほどとなる。
そこいらにあふれ、目には清かな新緑も、
まだまだやわらかな色合いの若葉が多いとはいえ、
萌え初めの明るいのと、落ち着いて来た深みある翠とが
重なり合って織り成す綾の瑞々しさは格別で。
同じ一つの枝に載る“緑”という色、
こんなにも幅広くも多種あるものかと驚かされるほど。
そんな緑のあちこちへ、
ツツジ、サツキにヒナゲシに、
オダマキ、ツユクサ、ヤグルマソウ、
カタバミやドクダミの白い花も可憐に顔を出し、
「芍薬だの紫陽花だのを丹精してなさるのも見事だが、
こういう小さきものも可憐で良いものよ。」
水辺の菖蒲や芭蕉も忘れてはいけませぬ、
凛とした姿がいかにも涼しげではありませぬか。
そうであったの…などと、
風雅な話に花を咲かせている主従。
とはいえ、彼らが視線をやっている庭先はというと、
相変わらずの荒れ放題で、風情も何もあったものじゃあない。
まま、冬場春先に比べれば、緑の厚みもずんと増し、
陽射しの勢いに、梢の先の若いところほど明るく透けて、
柔らかな色合いを尚のこと発色よくも際立たせており。
冬場に比べれば格段に、
その色味も濃くなった青空との拮抗にも敵うまでにはなっており。
「お花の咲く度合いが増えるというのは、陽が濃くなった証拠ですよね。」
「とはいえ、それのみで断じる訳にも行かぬのが、この時期の気温よな。」
そうそう、昨日なぞ雨が上がったそのまま随分と冷えましたものね。
おうさ、慌てて小袖だ袙(あこめ)だ抱えてすっ飛んで来やったなと、
主人思いの門弟さんへ、くつくつと柔らかく微笑って見せた蛭魔であり。
そんなお師匠さんのお言いようへ、
だって…お風邪でも召されてはと案じたんですようと、
まだ十分に子供のそれだろう、ふわふかな頬を、
拗ねたようにちょっぴり膨れさすところが何とも愛らしく。
………それにつけても。
瀬那くんの方はともかくも、
折り紙付きで気が短いお師匠様こと、術師のお館様までが、
何を暢気に濡れ縁でのんびりしておられるやら。
暑い寒いは元より、退屈だ〜〜〜っというよなご不満さえ、
お天道様へ八つ当たりしてしまわれるような、
剛毅な我儘大将でおわしまし。
それがまた、何をまったり過ごしておいでなのかしらと。
失礼ながらも…お付き合いが長いからこそ、
ちょこっとばかり不審に思った賄い役のおばさま。
午前のおやつでございますよと、
味噌を塗って焼いたのと、甘辛のたれをつけたの、
二種類の団子を運んで来たところが、
“…あらまあ。”
何でどうしての答えはそこに。
ゆるく胡座をかいておいでのお館様のそのお膝へと、
ちょこり抱えられてるおチビさんがおいで。
抱っこでぬくぬくになったものか、
小さな顎をちょっぴり仰のけにして、
みずみずしい緋色の口許、三角の形にうっすら開いて。
朝方ははしゃぐほどお元気だったのに、
今は くーかくーかと眠っておいでの仔ギツネさん。
先のお話にも出たように、
何日か暑いくらいのお日和だったのが、
昨日の雨で今日はちょっぴり肌寒いのでと。
見た目はするんとしたやわやわお肌のくうちゃんが、
実はふわふかな毛並みをしているの、
随分と重宝しておいでのお師匠様であるらしく。
時折うにむに、口許がたわむように動くのもまた、
うきゃあ〜〜〜〜っvvと、
声なき声にて騒ぎたくなるほど、可憐にして愛らしく。
―― ああでも、これでは。
さようさ、おやつは ちと待ってもらわねばの。
ああ、いいえ。くうちゃんには炙りたてが良かろうと思っておりましたのでと。
おばさま、こちらにおいでかどうかを確かめてから、
ササミを叩いて薄くした炙り煎餅を用意しておいでであったらしくって。
「お目覚めになったら呼んで下さいましな。」
にっこり微笑って下がってく おばさまを見送って、
主従はこっそりとお団子をぱくつく。
長閑ながらもちょっぴり肌寒な梅雨のあとさき。
これからもこんな日は、まだちょこっと続くお屋敷であるらしいです。
〜Fine〜 08,6.01
*ここんところの、ちょっと戻りすぎな肌寒に、
何だかなぁと思いつつ書いてみました。
遅ればせながらに目を覚まし、
くうも おやちゅとおねだりして、さて。
『おやかま様、くうのかーだが おめやて?』
かっくりこと 小首を傾げて、
とんでもないこと、言い出したりしてなと。
こんなところでオチをつけてる、
存外、小心者な筆者だったりします。
めーるふぉーむvv 

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